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ザ・テレビジョン(1997.12.19)"ある"ものはなくせないんですよね

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共演の武田真治の演技を目の前に、「今まで私は心のない芝居をしていたんだ、と気づきました」手話と表情だけで、音のない世界の人を演じた彼女が見つけたものは、"心のある芝居"、そして、これまで気にも留めなかった、自分の知らない新たな"視線"だったようです

「君の手がささやいている」で、私が演じている美栄子には生まれつき聴覚障害があって、音がきこえないしことばを発することができないんです。演技的には、やっぱり表情とかがだいじになってくるんですけど・・・、なにより、耳の聞こえない演技が難しいんですよ。なにかモニターで見てみると、単にことばは聞こえているのにしゃべらない女の子に見えたりして。そこにないものを、あると仮定して目線やしぐさでお芝居したことはこれまでもあったんですけれど、聞こえるものを聞こえないと演じること・・・、あるものをないと仮定して演技するのは初めてだった。

スタジオでできないお芝居は穴を掘るお芝居と木の葉っぱを落とす芝居って言われてるんですけど、それと似ているなぁと思いました。あるものはなくせないんだと。あるものをなくすというのは、すごく自然の摂理に反している。だから大変なんですね。

このドラマの準備では、実際に聴覚障害の方と会う機会をもたせていただいたんですけれど、やっぱり見てもわからないんですよ。聞こえないということが。ご本人も聴覚障害というのは障害が目に見えないから、だからこそやっかいだとおっしゃっていて。そうだなぁって思って。普通、人間は目から入ってくる情報が80パーセントで、そのほかの感覚を使って20パーセントの情報を得ているそうなんですけど、聴覚障害の方々はほとんど100パーセントが目からの情報じゃないですか。空気の動き方とか人の情報とか、音がないぶん見えすぎたりして、傷ついちゃったりとか多いんじゃないかって・・・そんなことを感じてきました。

そういうリサーチは大事だと思います。それにとらわれてはいけないし、自分で水をやって育てた枝を全部落としてから収録現場へはいるべきだとは思いますけど。情報を集めることっていうのはどれだけ枝を広げられるかっていうこと。それは役者の器の大きさでも変わってくるだろうから、自分で考えることも大事だろうし。木って有機質のものだけでも育たないし、無機質のものだけでも育たないから、それと同じかなと思います。

難しいぶん勉強になる現場でした。今までは一方向を向いていたのが、後ろも向けるようになったというか。なんだか、自分の見ているものだけじゃなくて、ほかの人の見ているものも見てみたいなぁ・・・と思うようになりました。


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